見回す    

February , 2015
 


 乗り物の中が静かになってきていると折に触れて感じていますが、先日は一車両に50人以上の乗客がいる電車内をじっくりと見回してしまいました。話し声が、聞こえてこないのです。ごうごうと地下を走っている音だけが、耳に入ってきます。目の前の七人掛けロングシートを見ると、居眠りをしている一人を除いて全員がスマホをしています。私側の座席では、文庫本を読んでいる人とノートパソコンを使っている人以外はやはりスマホでした。隣りの若者二人がぼそぼそと言葉を交わしたとは言え、またスマホを始めました。
 別のシートにも目を向けてみましたが、口が開いている人はいませんでした。単身で乗車している三十代以下が中心ではありましたが、これだけ人がいるのに気配がしないことに改めて驚かされました。

 乗車して二つ目のターミナル駅に着くと多くの人が電車を降り、色々な年代の人が乗ってきました。
 重たそうな荷物を抱えたおばあちゃんが腰かけようとしてよろけ、座っていた中年男性にぶつかってしまいました。「すいませんね〜」と彼女が謝ると、「いえ、いえ」とその男性は笑顔で返しました。「すいませんね〜」と「いえ、いえ」が遣り取りされた後、おばあちゃんはその人の横にちょこんと座りました。
 私の前にはビジネスマンらしい男性三人が立ちましたが、二人が会話を始めてもマスクとメガネのもう一人の男性は加わる素振りがありません。暫らくするとくしゅんくしゅんとくしゃみが出始め、目はうるうるしています。「花粉症の季節がやってきたな〜」と、私は近付いてきている春を感じていました。
 次の乗り換え駅までの間は生身の人間に接した気分になれて、何だかとても嬉しくなりました。

 電車に一人で乗った時は、車内を見回す習性になっています。
 電車内ビジョンの情報は役に立つし中吊りの週刊誌のポスターや窓の上の広告からは興味がなかった分野の話題や知識を仕入れることができて、新たな興味が湧いてくることもあります。
 隣りに座っている青年が前屈みでスマホをいじり始めたので何気なく目をやり、画面に釘付けになってしまったこともあります。“イベリコ豚”の文字と写真が、ぎっしりと並んでいたからです。彼の指先が上下左右にスワイプしても、出てくるのは“イベリコ豚”。どうやら飲食業で、スマホで商品の注文をしていたようでした。
 また均整のとれた体型の女性がスマホでダンスシーンを繰り返し繰り返し見ながら振りを覚えている姿を目にした時は、移動の間も時間を有意義に使っているな〜と感心してしまいました。
 スマホを手放せなくなる気持ちは理解できますが、女子高生のスマホ使用時間が一日平均7時間だったという情報セキュリティー会社の最近の実態調査を知った時は唖然としました。LINEも大切だし動画やゲームも楽しいけれども、自分が今いる場所の様子や身近な人にも目や心を向けてほしいと思います。

 いつどこで何が起こるか分からない、不穏な時代になってきています。
 スマホに熱中していてすぐそばに潜んでいる危険や不審者に気付かないケースが増えてくるのではないかと、危惧しています。高機能な防犯カメラが普及しても、事件を未然に防ぐのに最も効果的なのは“人の目”や“人の心”だと思っています。
 健康のためにもスマホから時々目を離して、自分の周りを見回す時間を持ちましょう。これからの時代を生きていく若者たちが自分がいる現実の世界に積極的に目を向けて、安心して生活できる平和な世の中にしていってほしいと願っています。



TOP前へ 次へTOP    Top Home セレモニー・コンダクターズ