リアクション   April , 2015 


 発車直後の東京メトロの車内放送に、一瞬自分の耳を疑ってしまいました。
 「ベビーカーでの駆け込みは、大変危険です。お止め下さい」と、車掌がアナウンスしたのです。
 映画『E.T.』で自転車が空を飛ぶシーンを思い出しドアが閉まる寸前にベビーカーが電車の床にふわっと着地するイメージが湧きましたが、いやいやそれは有り得ません。まだ自分で身を守れない幼児が座っているベビーカーと共に車内に飛び込んだ母親の勇ましい姿を想像すると、ぞっとしました。

 島式ホームを真中にして二路線の線路が同じ進行方向で並んでいる都心のその駅は、階段の上り下りをしないで同じホームで乗り換えができます。少し前に到着した電車が後から来る向かい側の電車の乗客のために時間調整をして、ドアを開けて待っていることもあります。電車を降りる時最後尾だったりホームにいる人達にぶつからないように気を付けていると時間を要してしまい、慌てて駆け込んでくる人もいます。
 「駆け込み乗車は大変危険です。電車遅延の原因となりますので無理せず次の電車をお待ちください」、あるいは「ゆとりあるご乗車をお願い致します」、「電車は安全に配慮してご利用頂きますようお願い致します」等のアナウンスを、この駅を通る時はよく耳にします。ドアが開いている電車が目の前に停車していたら、次の電車を待たないで“駆け込み乗車”のリアクションをしてしまいがちです。しかし、“ベビーカーでの駆け込み”は、本当に危険です。このような車内アナウンスを聞くことがないように、願っています。

 それから一週間も経たないうちに、今度は同じ路線の郊外へ向かう電車に乗りました。
 乗降口横のシートで二十歳前後の若者が爆睡していましたが、隣りが空いていたので座りました。次の駅で学生達が集団で降りて行き発車ベルが鳴ると、隣りの若者ががばっと目を覚まして電車を飛び降りました。するとそれに反応するかのように、私の前に座っていた二十代半ばの青年がぱっと立ち上がりました。
 「えっ!(この人もぼやっとしていて乗り過ごすところだったの?)」と思った瞬間、その青年が私の隣りの空席になったシートに左手を伸ばしました。
 「えっ?(何なの?)」と視線を移すと、メタリックカラーのスマホがぽつんと残されていました。それを掴むや否や、彼は右肩から閉まりかけているドアをすり抜けました。その間、約3秒。
 「ええ〜っ!(スマホの忘れ物に気付いて、咄嗟に行動したんだ〜)」と、走って行く青年の後ろ姿を見て合点がいきました。動き出した電車の中からホームを見ていると、走って行った方向からゆっくりと歩いてくる青年が見えました。あのスマホを手に持っていなかったので、あの若者に無事に手渡せたのでしょう。
 私の右斜め前に座っていた若い女性も、この一件を目撃していたようでした。気がついていなかったもう一人の女性に、一部始終を話しています。車内が、温かさと優しさに包まれているようでした。駆け込み乗車も飛び降りもしないに越したことはないけれども、今回のリアクションに私は心の中で拍手をしていました。

 その青年はイケメンではなくごく普通の青年でしたが、とても格好良かったです。
 日頃の心の持ちようが、瞬時にリアクションとなって表れたのでしょう。自分をアピールするためにとった行動でないことは、一目瞭然でした。世の中捨てたものではないなと、嬉しくなりました。
 “見て見ぬふり”“無関心”という言葉をよく耳にしますが、それを忘れさせてくれた出来事でした。
 心が洗われた後に見た郊外の桜は、ひときわ優雅に美しく風に舞っていました。
            

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