領収書                         June , 2015    


 日が暮れる頃、交差点をゆっくりと左折してきたタクシーを止めました。ドアが開くと、運転手が携帯電話を耳に当てているのが見えました。「緊急な用事なのかな?でもドアを開けてくれたんだから乗っていいのよね」と思いながら座ろうとすると、「あ〜ぁぁぁ!そこ!そこ〜っ!」と運転手が声を上げました。私が腰掛けようとしている辺りを指しているので中腰になったまま目を凝らすと、灰色のシートの上にメタルグレーのスマホがありました。勢いよく座っていたら、スマホがとんだ災難に遭うところでした。

 車が動き出してお喋りをしているうちに、どのような状況だったのかが分かりました。イベント会場近くでタクシーを降りた人の忘れ物に気付いたドライバーが会社に電話報告をしながら走っていると手を上げている乗客(私)が目に入り、反射的に停車したようでした。乗車料金を払った後部座席右側の人に領収書を渡したので、左側にいて先に降り忘れ物をした人がそのタクシーの車番(ドア番号)や会社の電話番号を知ることができたかどうかと運転手はとても気にしていました。そして本人がそのスマホに連絡してくるかもしれないと、信号待ちの度に助手席に置いた忘れ物に目をやっていました。
 当事者たちの気持ちが痛いほど分かるので、無事に持ち主の手に戻るようにと願いつつ降車しました。

 それから数日後タクシーに乗車して暫らくすると、“ポロン”という注意喚起音がしました。耳を澄ますと“忘れ物 銀座ー○○間 名刺入れ 心当たりの車は連絡を”とロボットが話しているような合成音声が聞こえ、カーナビの下のデジタル無線機に音声と同じ表示がありました。領収書を受け取るのを忘れてしまってもタクシー会社名を覚えていて電話すれば、GPSデジタル無線で全車両に瞬時に問い合わせて貰えることを目の当たりにしました。それ以来気を付けて見ていると、タクシーメーターが動いている間は注意喚起音がしなかったりカーナビ画面の方に忘れ物情報が表示されたりとタクシー会社毎に方法は様々でした。
 都内で乗ったタクシー会社の見当がつかない時は東京タクシーセンターのホームページで、各社の車体・屋根の上の表示灯・忘れ物専用ダイヤルを調べられます。車の塗装が印象的な会社はすぐに見つけられますが、最近は黒塗りのタクシーも増えているので表示灯を覚えておくのが賢明です。表示灯には社名や車番が表記されているので、その数字も記憶していると乗ったタクシーは容易に判明しそうです。

 忘れ物の携帯に電話がかかってきた場合は、個人のプライバシーにかかわったり後でトラブルが発生する恐れもあるので運転手は応対しないのが建前のようです。しかしドライバーに聞いてみると、電話に出て忘れ物をした人がいる場所まで届けに行くという答えが高い確率で返ってきました。
 タクシー会社名が分からなかった時は、試しに忘れ物となっている自分の携帯にかけてみるのもいいかもしれません。それでも解決しなかったら、全てのタクシー会社に問い合わせてみるか警察に届けるか諦めるかになってしまいます。何れにせよ、大変な労力を要してしまいます。

 仕事柄、どんな領収書でもとっておく習性が身についています。記憶力が低下してきている現在では、その日の行動記録代わりにもなり重宝しています。
 タクシーに乗った時、会社の電話番号と乗車した車を特定できる領収書をもらい忘れたことはありません。
 買い物をした時も領収書とカード(或いは釣銭)は必ず受け取りますが、「お客さ〜ん!」と店員に呼び戻され置いてきてしまった品物を取りに行くことはたまにあります。
 領収書以上に、忘れ物をしないことが肝心ですね!



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