ミスター・西田   April, 2005

            
 古希を目前にして私は初めて手術を体験した。心臓の大動脈弁狭窄による人工弁置換である。
 麻酔から凡そ十時間後、私は集中治療室の中で目を覚ました。だが、意識が戻ったというだけで、瞼どころか唇さえも動かせず、私の名を連呼する医師や家族に応えることはできなかった。
 麻酔から覚めるのは夜半になりそうだ、との医師の弁に、家族の足音は次第に遠退いて行った。

 私が目を開け、完全に手足を動かせるようになったのは、それから一時間ほど経ってからだった。医師や看護士はほっと安堵した様子である。意識が戻らず、そのままあの世行き、ということもあるそうだ。
 麻酔が解けた後の痛みを私は恐れていたのだが、そんなものは全く無かった。只々、呼吸が困難なほどに痰が詰まり、そして極度に喉が渇くのだった。
 その苦痛を医師たちに伝えようにも、口には数本のパイプが詰められ、両手には手かせが厳重にはめられていて、それは不可能だった。手かせは、患者が無意識のうちにパイプや点滴を抜いてしまう防御策だった。
 もがき続ける私の体(てい)でやっと意思が伝わったらしく、やがてパイプは抜かれ、痰は吸引されたが、喉の渇きは依然として極限状態だった。水を、水を、と私は訴えた。それはあたかも、砂漠での遭難者が死に際に発する声に似ていた。

 手術後すぐに水は駄目らしい。しかし執拗な私の懇願に、医師からの許可が出た、と言って看護士は、ひとかけらの氷を私の口の中に入れてくれた。氷は、乾き切った苔が水を吸うように、瞬く間に消えてしまった。ああ、この甘露、感激を何に喩えることができようか。水の貴さは理屈では解かっていたが、体で理解したのは初めてだった。地球上の生きとし生ける物は勿論、霊魂でさえも水からできているのだ、と私は思った。
 一時間毎に血圧を測り、点滴をチェックに来る看護士は、その度にひとかけらの氷を私の口の中に入れてくれる。看護士はいつの間にか天使になっていた。一時間を千秋の思いで私は天使を待つのだった。

 角度や酸素マスクで天使の顔は見えない。だが、ひとかけらの氷を口に入れてくれる時、かすかに唇に触れる天使の指、私はその白魚のような指に恋をした。


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