バレンタインデー   Miyabi February, 2009


 毎年、バレンタインデーが近付くと、父のこぼれんばかりの笑顔を思い出します。

 亡くなる半年前迄、父は大好きな代理店の仕事を続けていました。
 86歳の時に体調を崩し、父の強い希望で手術をしました。70歳の時の大病を手術で乗り越えた様に、父は元気になるものと私は楽観していました。しかし年齢には勝てず、食事が殆んど喉を通らなくなってしまいました。
 自宅近くの病院に転院してからの二ヵ月半、朝6時起きをして父の病室を仕事前に訪ねるのが、私の日課となりました。病院の人が食事を勧めても、「娘が来ますから」と言って、父は私が来るのを待っていました。
 顔を見ると満足そうな顔をして、口に運んだお粥を食べるのですが、スプーンに1〜2杯がせいぜいでした。
 アイスクリームの方がもう少し食べられたので、いつも二人で分け合いました。
 話し好きだった父の口から出る言葉も殆んど無く、静かに時が過ぎていました。

 私の仕事が早く済み、夕食時間から父の病室にいた時です。
 入口から入って来た20代半ばの気立ての良さそうな女性の顔を見るなり、父の顔が見る見るうちにパァ〜ッと明るくなりました。入院以来一度も見た事の無かったこぼれんばかりの笑顔でした。
 嬉しそうに父は手を差し伸べ、ぎゅっと握手をしました。
 「わぁ〜、力が強いんですね〜」と、その女性は茶目っ気のあるキュートな表情で応じました。
 傍らには、優しそうな男性が立っていました。二人は親会社の社員で、その後結婚しました。

 母にその日の出来事を話すと、その女性○○さんをよく知っていました。
 父が親会社へ顔を出すといつも優しく応対してくれたのが○○さんで、顔をあわせるのを楽しみにしていた事。
 バレンタインデーにプレゼントして貰ったチョコレートを父はいつも大切そうに持ち帰り、二人暮しだった母と一緒に○○さんの話しをしながら美味しそうに食べていた事。
 母はとても幸せそうに、エピソードを聞かせてくれました。

 あのこぼれんばかりの笑顔を再び見せてくれる事無く、父は逝きました。
 父を想う時、数々の思い出と共にあの笑顔が目に浮かびます。
 毎年、バレンタインデーが近付くと、○○さんを思い出します。感謝の気持が、溢れ出てきます。



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