過敏性腸炎             Miyabi   June , 2009


 母がくも膜下出血で倒れ救急車で病院に運ばれた頃は、私の仕事の繁忙期でした。他の人に代わって貰う様に手配はしましたが、それでも私がこなさなければならない仕事が山積していました。
 感じ良く人に接しミス無く仕事を成し遂げるには、最低限の睡眠時間が必要でした。しかし神経が高ぶっていて眠れない日々が続き、睡眠薬が手放せなくなってしまいました。

 母の脳動脈瘤は巨大で、2.5センチありました。本来なら手術はすぐに行われるのですが、83歳という年齢からか手術の決断が下される迄に時間がかかり、18日後にクリッピング手術が行われました。
 手術日迄の母の状態は意識が混濁したり普通に会話が出来たりとその日によって異なり、私は一喜一憂の毎日を過ごしました。5時間近くに及ぶ手術が成功してから一週間は管につながれてICU(集中治療室)で送り、病室に移ってから一週間後には脳室腹腔短絡術の手術を受けました。鼻からの流動食を経て、クリッピング手術1ヵ月後に箸を使って食事する母の姿を見た時は、大感激でした。
 あとは、家で日常生活が送れる様にリハビリが必要でした。母が循環器内科(心臓)に通院していた病院のDr.の計らいで、母はその病院に転院しました。毎日毎日が必死で、あっという間に2ヶ月が経っていました。
 気が付くとスカートがくるくると回る程、私はスリムになっていました。

 母が手術をしてからの1ヵ月間は、天候不順でした。晴れていたかと思うと、雷雨や豪雨。そんな時、車で病院へ向かう途中薄暗くて人気のない場所を通ると不気味な感覚におそわれ下痢をするという症状が、出始めていました。入院4ヵ月後に母が退院し自分の住まいから通いながら私が実家で一緒に過ごすようになってからは、母の事で強いストレスを感じると下痢をする症状が習慣化していました。
 半年で6キロ痩せてしまい、もうこれ以上痩せられないと病院で診て貰うと、“過敏性腸炎”と診断されました。処方された薬を飲み始めると症状は改善され、半年後には完治したようで体重も元に戻っていました。
 それでも私は、その薬を処方して貰い飲み続けていました。スカートのウェスト回りがきつくなりストッキングが上まで上がらなくなり、半年後には体重が6キロ増えていました。一年で12キロの体重増でした。

 ここで初めて薬の副作用を調べてみると、「体重増加などの副作用がある」と出ていました。すぐに薬を飲むのをやめましたが、あと2キロの体重増がありました。食事や運動療法で体重を5キロ減らせたものの、元の体重に戻すにはあと3キロ減必要です。これが至難のわざで、ストレスになるので無理をしないでいます。
 過敏性腸炎の薬を止めると同時に、睡眠薬も徐々に減らして行きました。一錠ではなく1/2錠でも充分に眠れるという事が分かり、今ではせいぜい一週間に一回1/2錠程度に止まっています。

 安心感から薬の服用はなかなか止められませんが、副作用にも気を配り、薬に頼らない精神安定術も身に着けて行きたいものです。
 今でもたまに“過敏性腸炎”になりそうな時がありますが、これが過ぎれば大丈夫と楽しい事を考えてやり過ごし、薬には依存しない様に努めています。


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