美味しい思い出 西田昭良   May, 2010


 「今夜は“すき焼き”だよ」との母の声に、僕は小躍りして喜んだ。戦争末期、日本全土が極度の食糧難に喘いでいた頃である。この数年、肉などお目にかかったことはなかった。
 夕餉の準備が整った卓袱台(ちゃぶだい)。やがて、鍋の焦げる匂い、油の弾ける音。そして醤油と肉の香りが部屋中に充満すると、両顎から唾液が噴き出した。もういいよ、と母の合図ももどかしく、家族の箸が宙を舞った。
 だが、その中に母の箸がない。お腹の具合が悪いのだそうだ。母への心配よりも、その分、余計に肉が食べられる喜びの方が強かった。肉は瞬く間に鍋から姿を消した。

 翌朝、具合を伺うと、母は驚愕の告白をした。昨夜食べた“すき焼き”の肉は、実は、飼っていたヤギの花子の肉だった。可哀そうで食べられなかった、と言うのである。
 驚天動地の衝撃が僕の全身を駆け抜けた。思わず口を押さえたが、もう遅い。花子はとっくに胃の中で消化され、僕の体の一部になっている。
 自分の名前を完全に認識し、呼べば、メーエ、と応えるほど利発で、誰よりも僕に懐(なつ)いていた花子。
 登校する僕を校門の近くまで追ってくる。それが自慢だったが、追い返すのに苦労する毎日。帰宅して、僕の姿を見るや、跳んできて顔を舐めまくる。
 そんな花子が、急に姿を消したのは、数日前。空襲の激化で、知人の農家に疎開させたのだ、と父は言った。一緒に防空壕には入れないのだから仕様がない、とその時は思った。だが、実は職場で仲間と捌(さば)き、各自持ち帰った、というのが事実だった。
 名付け親の僕を欺き、更に花子の肉を偽って家族に食べさせた父を、鬼と罵った。
が、父は、人間は牛や豚などの動物を殺して食べるもの、と罪の意識は薄かった。
 知らなかったとはいえ、お前を食べてしまったことを、花子よ、どうか許してくれ。
僕とお前とは、一生離れることはないのだ。
 はち切れる涙袋を押さえながら、唯一の形見であった餌箱を埋め、庭の片隅に「花子のお墓」を建てた。
 美味しい思い出の、だが、この上も無く悲しい味の、少年の日の出来事だった。



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