親父の客人
ー東日本大震災に思うー
  
   西田昭良  
  June, 2011 


 その昔、親父は時おり見知らぬ客を連れて帰って来た。酒肴や一飯は常で、時には一宿をも振舞った。お袋はそれを極度に嫌がった。それもその筈、多くの場合、客は偶然知り合った赤の他人だったという。お袋にしてみれば、馴染みがない上に物騒極まりない。
 巡査稼業の親父にはその危機感は薄かったのだろう。いやそれ以上に危機感を麻痺させるものが親父には有った。それは同県人である、ということ。
 生粋の鹿児島県人である親父には〝薩摩〟という文字は、黄金よりも輝いていた。その一言で、どんな人でも百年の知己となる。
 大正末期、少年の頃に上京したが、以来、帰省などは今と違って簡単にはできず、手紙と南風(はえ)だけが故郷(ふるさと)の香を運んでくれる。知りたい情報への渇望と、募る望郷の念が高じ、親父をして時おり見知らぬ同県人を連れて来る、という暴挙を起こさせたのに違いない。
 毎年帰省ラッシュとなるお盆の季節がやってくる。予想される大混雑や渋滞をいとも簡単に押しのけてしまうのは、想像もつかないほどの強力な引力を故郷が持っているからだろう。その光景を見る度に、私のように故郷の無い者には、羨ましく思われる。
 東日本大震災が起きた。凄惨な被害を直接受けた現地の方々への軽々しい哀悼や同情は慎むとして、故郷を離れて都会(よそ)に住む人たちの心中の傷みも察して余りある。
 お盆帰りをしたくとも、行き着く先の故郷は瓦礫の山と化し、或いは放射能に汚染されてしまっている。
 一刻も速い復興に国を挙げて尽力し、例年のように、望郷にはち切れる楽しい帰省ラッシュを是非再現してもらいたいものである。
 かつて敗戦の廃墟から見事に這い上がった日本人の叡智と努力を以ってすれば、この度の災害も必ずや早期に復興されるに違いない。
 政官財への叱咤激励と同時に、東日本の人たちよ頑張れ、と心からのエールを送りたい。


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